羊と鋼の森の感想レビュー。森の中を歩くような、美しい音の物語です

羊と鋼の森は、2013年から2015年まで別冊文藝春秋で連載されていた、宮下奈都さんの小説です。

2015年、直木賞候補作としてノミネートされますが受賞には至らず、2016年、第13回本屋大賞で対象に選ばれました。

 

作者の宮下奈都さんは1967年生まれ、上智大学の文学部哲学科卒で、2004年に「静かな雨」で小説家デビューを果たしました。

今作「羊と鋼の森」では、師に弟子入りする男の子の話を書きたかった、と語っています。

コミカライズに次いで実写映画化も公開される今作品の感想を綴っていきたいと思います。

「何か」と「才能」

物語の主人公・外村(とむら)は高校二年生の時、学校の体育館にあるピアノの調律に来た調律師・板鳥の仕事を見学し、不思議な感動を覚えます。

目的もなく過ごしていたいた外村の人生に、核となる「何か」が芽生えた瞬間でした。

 

その後調律師の専門学校を卒業した外村は、板鳥の働く楽器店へ就職します。

そこで出会う先輩・柳、柳が担当する顧客・佐倉家の双子の和音と由仁。

それぞれの目標、理想が緩やかにまじりあい、ゆっくりと静かに物語は進みます。

 

この小説で語られるのは、人が自分として生きていくための「何か」、それを得続けてゆくための「才能」だと感じました。

 

生きる事への渇望や才能の有無にもがき苦しむような痛々しい描写はなく、静かに歩み、ゆっくりと語りかけながら、自分というものを認めてゆくまでの物語。

 

ともすれば押しつけがましくなりがちなテーマを美しく編み上げているのは、やはり作者の文章による表現の美しさによるものだと思います。

森の中に佇んでいるような、美しい文章

外村は作中、自身に才能がないことを思い悩むのですが、外村を故意に傷つける人物や悪意ある出来事、ドラマティックな展開を迎えることはありません。

 

あらすじは調律師としての主人公の成長物語なのです。

しかしこの小説の重点はストーリーの展開そのものではなく、紡がれる文章の美しさ、登場人物の優しさ、そういった読み手の心理に与えるものではないかと思います。

 

これは作者である宮下奈都さんの作品に共通して描かれていると感じているのですが、「頑張って前を向こう」「悪い奴をやっつけて正しいものが勝つ」という世界ではないんです。

生きていくうえで、自分にはこれしかない、これがあると言い切れるものを持っている人はごく僅かです。

 

特別な、誰から見てもキラキラした何かを手に入れることを夢見たり、そうでなければいけないと苦しむ人たち。

心をゆっくり溶かしていつの間にか、まるっと澄んだ水に入れ替えてしまうような、霧雨の降る森の中で深く息をするような感覚。

静かでいて安からな美しい文章をもって導いていこうとしているような。

 

特別詩的な表現が多い作家さんではありませんが、独特の、細く柔らかい糸で紡がれるような美しい表現が、今回の題材である「音」さえも感じさせてくれます。

逆を言えば、映像作品である実写映画で、あの美しく繊細に表現されていたピアノの旋律をどう表現するのかが気になります。

優しすぎる登場人物、雰囲気で押す物語

文章や評伝の美しさはとても素晴らしく、物語に浸りながらページをめくる度に温かさを感じる作品です。

一方でこんなに優しい人ばかりはいないよ、と感じてしまう場面もしばしば。

 

常に穏やかで板鳥さんは、主人公外村が板鳥さんの担当顧客の家のピアノを勝手にいじってしまい、トラブルを起こします。

ですが、外村の成長段階だと認めてくれるなど、現実に照らし合わせると器が大きすぎる優しい先輩がいたりするところとかそう感じでしてまいますね。

ただそれも魅力の1つと考えればプラス要素とも言えます。

リアリティはあんまりないかも、だけどそうじゃない

違和感を覚えるところは、音楽の専門知識のある方には用語の誤用やつじつまの合わない箇所がいくつか目につくかと思います。

小説にリアリティを求める方には少し物足りないかも知れませんね。

 

ですが羊と鋼の森は、頑張りすぎて本当の目標が分からなくなってしまった時、毎日がぼんやりして、なんとなくそんな日々に不安を感じてしまった時。

そんなとき、ぜひ静かな場所でゆっくり読んでいただきたい小説です。

羊と鋼の森を読んだ後のおすすめ小説3選

羊と鋼の森を読んだ後、しばらくは澄んだ空気を吸い込みながら生活できます。

しかし繰り返される日常生活の中で、もう一度あの大気の中で深呼吸したい、と思ったら、作者宮下奈都さんの別作品も読んでみてはいかがでしょうか。

よろこびの歌

若者が自分の正体を見つける物語にノスタルジーを感じた方はがおすすめです。

未来への不安と自己の肯定、という永遠の思春期のテーマを題材としている為、読後は爽やかな気持ちになれます。

スコーレNo.4

主人公外村と師匠板鳥さんの師弟関係、信頼できる人との出会いの物語を読みたら「スコーレNo.4」がおすすめ。

主人公の女性の人生を、中学、高校、大学、社会人のそれぞれのかけがえのない出会いを丁寧に辿るお話です。

蜜蜂と遠雷

ピアノ関連の物語に興味を持った方は恩田陸さんの蜜蜂と遠雷がおすすめです。

こちらは2018年の本屋大賞と直木賞をダブル受賞した作品です。

 

文体そのものがそこまで似ているわけではありませんが、恩田陸さんも独特のイノセントさをお持ちの作家さんです。

 

それに、調律師という裏方の世界を見た後に、今度はピアノ奏者の物語を読むことで世界観に広がりを感じられますよ。

▼参考記事

話題作「蜜蜂と遠雷」の感想レビュー!音楽の魅力と共にご紹介

まとめ

小説を読むとき、ひとそれぞれいろいろな動機を持ってページを開くことと思います。

 

元気になりたい時、別世界に没頭したい時、疲れた心を癒してほしい時。

小説の世界に浸れば現実を忘れさせてくれます。

 

羊と鋼の森はまさにそんな小説であり、優しい世界があなたを癒やしてくれるでしょう。

まだ未読の方は、是非この世界に浸っていただきたいと思っています。

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